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第6話 阿部薫の時代

日本における伝説的なフリージャズミュージシャンの阿部薫とその時代について、あんちぽくん自身の受容体験を交えながらお話します。

Show Notes

Transcript

ぷるるるるるぷるるるrぷるるるるぷるるるr……。

というわけで、あんちぽえふえむもはや第6回目となりました。

わたくし、あんちぽくんといえばですね、ブランデーグラス片手にゆっくりとくつろぎながら、デューク・エリントンやビル・エヴァンス、モダン・ジャズ・カルテットなどを愛聴する、オーセンティックなジャズファンなわけですが、その一方で、今年85歳で亡くなったオーネット・コールマンやセシル・テイラーのようなフリージャズも大好きな、要するになんでもありなジャズファンなわけであります。

そのフリージャズといえば、先にあげたミュージシャン以外にも、ジョン・コルトレーンの後期、特にインターステラースペースやアセンションには衝撃を受けましたし、中上健次の愛したアルバート・アイラー、あるいはもう少しあとでいうと、デレク・ベイリー、ミルフォード・グレイブスなども熱心に聴いたものでした。

もちろん日本でもフリージャズを演る人々はたくさんいたわけです。そんな中でも僕自身が一番聴いていたのが阿部薫です。冒頭の変なのは、阿部薫のプレイスタイルへのオマージュなのでありました。

阿部薫は1949年に生まれ、1978年に29歳で亡くなりました。一貫して妥協のないフリージャズをやり続け、60年代の革命の季節を過ぎた70年代の挫折の中で、ブロバリンの飲み過ぎで死んでしまった、そんな生涯を送ったひとです。死後、しばらくの間は音源を聴くこともままならなかったわけですが、1992年、稲葉真弓さんによる阿部薫をモデルにした小説『エンドレスワルツ』によって状況が変わってきました。

この小説は女流文学賞を受賞するなど、注目を集めます。2年後の1994年には、坂本龍一さん、若松孝二監督など、各界の著名人がありし頃の阿部薫について語るという本が出ました。少し縦長で真っ黒な表紙、カバーは渾身の力でサックスを吹く阿部薫の姿。いかにも前衛音楽家としてのむちゃくちゃな姿もあれば、子守唄のようなものが好きでサックスでよく吹いていた、叙情的で優しい側面も語られています。

そして1995年、かつて阿部薫を「十三人連続暴行魔」で出演させた若松孝二監督が、「エンドレスワルツ」を映画化しました。阿部薫の奥さんは、これまたいまでもカルト的な人気の鈴木いづみ。そのふたりの救いのない人生の物語を、阿部薫を、まだ町田康として「くっすん大黒」で小説家デビューする前の町田町蔵さんが、鈴木いづみを広田レオナさんが演じました。

町田町蔵さんは、デビュー当時に「阿部薫にそっくりだ」とホウボウでいわれたとさっき紹介した本でもある通り、実際、阿部薫にどことなく似ているところがあり、その映画での、不器用だが味のあるセリフまわしと、酒と薬におぼれた時のあばれっぷりは、実際の阿部薫もそんな感じだったんだろうなあと思わせるような迫真の演技でした。

1995年、当時19歳だった僕に真正面からぶっささっていたサニーデイ・サービスの、「若者たち」という曲を引用していえば「若さを弄びずっと泣いていた」90年代の後半、大学生の頃、ふと入った歌舞伎町のエロビデオ屋にこの映画のビデオカセットが500円で売られたのを見つけて即購入、それから少なくとも100回は見ました。そのたびに安ウイスキーをがぶのみしながら、部屋をごろごろ転げまわっていた、私にとって90年代後半とはそんな時代でありました。

そんなこんなで、いままでほとんど聴くことができなかった阿部薫の音源がどんどんCD化され、阿部薫本を刊行した文遊社からは、どピンクのインパクトの強い装丁で鈴木いづみ作品集もたくさん出たりして、90年代の後半は、にわかに阿部薫周辺が盛り上がったという時代があったのでした。今あらためて聞くと、とにかく悲壮感だけがひしひしと感じられる、しかし文脈なしでは聴くに耐えないものであるとはおもいます。

しかし、薄暗くて、数十人も入れば満員のライブハウスで、ステージにでてきたものの何分もじっとして吹き始めない阿部薫を、一触即発のものすごい緊張感に耐えながら、やっと吹き始めたとおもえば、あてもないフレーズを間欠的にぷるるぷるぷるるっとやるだけ、でもそれを楽しめたのどかな時代は、率直にいってバカバカしいものだとは思うものの、それはそれでいいものだったのだなあとも思ったりもするのでした。